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第2回 はじめてのキーウ(2025年7月)|田川産業株式会社

作成者: 田川産業|Aug 14, 2026, 12:00:00 PM

ウクライナに行った、と聞いたときに、まず浮かんだのは「どうやって入るんだろう」でした。飛行機は飛んでいないはずです。

はじめての渡航は2025年の7月。ちょうど一年前のことです。

そもそも、どうやって入国するんですか。

飛行機は飛んでいないので、ポーランドまで行って、そこから陸路です。

日本の企業がウクライナに入ること自体、簡単ではないんですよ。外務省に申請を出して、手配をして。この年は日本企業を何社か連れて現地を回る機会があって、うちもそこに加えてもらいました。

他にはどんな会社が。

医療の会社、運送の会社、ドローンの会社。業種はばらばらでしたね。

陸路というのは、車ですか。

夜行列車です。国境から乗って、朝キーウに着く。

乗ってるときに、ふと思ったんですよ。列車って線路の上を走るじゃないですか。この先どこに行くか、全部わかっちゃうな、と。逃げ場がない。

たしかに、そうですね。

あとから聞いたら、毎回ルートを変えているらしいんです。だから大丈夫ですよ、と。

それ、安心できます?

いや、逆ですよね。やっぱり狙われてるんだ、と思って。かえって怖くなりました。

着いて、最初に目に入ったのは何でしたか。

駅のすぐ前に、ガラスが全部割れたビルがあるんです。もう使われていない。最初に攻撃を受けた建物は、そのまま残してあるらしくて。

ただ、そのビルの手前を、家族連れが歩いてるんですよ。子どもが風船持って、楽しそうにしてる。

え、そうなんですか。

そう。こわい思いをして夜行列車に乗ってきて、街の人もさぞ張りつめてるだろうと思ってたので。なんとも言えない感じでした。

地下鉄も乗られたんですか。

乗りました。エスカレーターがとにかく長くて。降りても降りても着かない。速度も速くて、乗るタイミングがつかめないんです。

あれ、そのままシェルターになってるんですね。だから深い。

買い物とかは。

スーパーに入りました。これも意外だったんですけど、新鮮な野菜がきれいに並んでて、高いワインまで置いてある。

物がない、みたいなイメージでした。

そう思ってました。もちろん苦しいことはたくさん起きてるんです。それは事実で。ただ、それが全部じゃない。何年も続いてるわけですから、人は暮らしていかないといけない。

戦争をしている中でも、普通に仕事をして、なんなら夜はレストランで食事をする。そういう日常もあるんだなと、すごく感じて。

夜も普通に過ごせるんですか。

いや、夜は別です。空襲を知らせるアプリを入れるんですよ。だいたい8時か9時をすぎると、それが鳴りはじめる。

鳴ったら、何をしていても地下のシェルターに降りないといけない。ホテルの地下駐車場がその場所で。

毎晩ですか。

毎晩でした。泊まった日は全部、そこで過ごしましたね。

この一週間で、何を見たかったんですか。

すごく単純なことです。ここでものづくりができるのかどうか。

毎日空襲があって人が亡くなっている、それが街のすべてなら、仕事どころじゃないはずなんです。身を守るので精一杯のはずで。

でも、そうじゃなかった。

野菜は並んでるし、地下鉄は動いてるし、子どもは風船持って歩いてる。

次は11月、キーウ以外の街に行くことになります。