2026年08月17日配信
3回目は12月。11月に行ったばかりなのに、また行っています。
しかも、今度は自分たちだけで。
3回目は、12月なんですね。11月の翌月ですよね。
そうです。半年で3回になります。
今度は、どこに行かれたんですか。
キーウの郊外です。イルピン、ブチャ、ボロディアンカ。
ニュースで聞いたことのある名前ばかりですね。
北から攻めてこられたときに、被害の大きかった一帯です。
1回目、2回目とは違う形で行かれたと聞きました。
自分たちで手配して行きました。それまでは日本企業を連れて行く枠組みの中だったので。
なぜ、自分たちで。
自分たちが出来ること、やるべきことが具体化してきたタイミングでした。どうしても団体行動で行きにくいところも出てきて、限られた1週間の訪問の中で最大限多くの現場を見て、関係者と会うためには自分たちだけで行く必要がありました。
がれきは郊外にある。
それもありました。どうしても視察しておきたかった、瓦礫処理施設が少し行きにくいところにあって。色々な方の協力を得て現地を視察することができました。
もういよいよウクライナでやると決めたら、もっと深く見に行かないと判断ができない。どこのパートナーと組むかも決められないので。
実際、郊外の処理場はどうでしたか。
全然違いました。がれきが多いぶん、いろんな国の支援が入ってるんです。JICAを含めて日本の支援が入っている施設でした。また別の施設ではオランダやイギリスの支援が入っている高度な瓦礫処理施設もありました。
集めたものをまずどう分けるか。アスベストをどう見分けて、どう取り除いて、取り除いたものをどこに置いておくか。手順がちゃんと決まってました。
リヴィウとは正反対ですね。
正反対です。ここのがれきは、品質が高い。
がれきに、品質という言い方をするんですね。
品質という言葉が適切かはわかりませんが、再利用するという観点では適切に前処理される必要があります。発生する場所に近くて、きちんと分けられてて、安定して手に入る。おまけに首都のそば。
工場を置くならこのあたりだ、と。つくる側の理屈としては、それで十分でした。
決まった、と。
決まりました。
ここまで聞いてると、田川でやってることと同じですよね。地元のものを地元で使う。
そうなんです。うちは地産地消を大事にしてきた会社なので。
田川の土から石灰石を調達して、田川の工場で、漆喰にする。足元にあるものを使う。運ばない。それを百年やってきました。
ウクライナでも考え方は同じです。その土地にあるものを、その土地で建材に変える。理屈はまったく変わらない。
じゃあ、違和感はなかったですか。
いや、それが。その土地にあるものが、がれきなんですよね。
地産地消のがれきが、戦争の当事者には複雑なものになる。
……ああ。
ついこのあいだまで、誰かの家だったものです。学校だったかもしれない。そこに人が住んでて、暮らしがあった。それを砕いて、混ぜて、また床にする。
うちにとって一番自然なやり方が、あそこでは、そんなに単純なものじゃなくなるんです。
それでも意味はある、とは言えませんか。
言うこともできると思います。でも、それを決めるのは僕らじゃないと思うんですよ。
現地に行かないと、出てこない感覚ですよね。
出てこないですね。写真でも報告書でも分からない。行って、見て、においを嗅いで、はじめて出てくるものでした。
場所は決まりました。組む相手も決まりました。この3回目に、現地の会社の本社と工場も見せてもらっています。
あとは機械です。焼かないタイルを作れる機械が、どうしても要る。
そこに一年かかった、という話を次にします。